大分地方裁判所 昭和24年(行)20号 判決 1949年12月23日
原告
財前〓夫
被告
大分県農地委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
被告が別紙目録記載の農地に対する買收並に賣渡計画につき原告のした訴願事件(大分縣農地委員会昭和二十四年訴第三四号)について、昭和二十四年三月二十四日にした裁決は取消す。訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、その請求原因として、別紙目録記載の農地
(別紙目録記載の農地と略称する。)は原告の養父である訴外財前健二の所有であつたが、昭和十七年八月二十二日同訴外人は隱居し、原告はその家督相続をしたのでこれに因つて本件農地の所有権を承継した次第である。而して右農地は従来から訴外鶴野国夫に賃貸し、目下尚同訴外人が小作中であるが、東国東郡朝来村農地委員会は昭和二十三年十一月十五日原告を自作農創設特別措置法にいわゆる不在地主なりとして本件農地につき同法による買收並に売渡計画を樹立したので、原告は右計画に対して異議の申立をしたところ、同委員会はこれを却下したので、更に被告に対して訴願の申立をしたのであるが、被告は昭和二十四年三月二十四日原告が昭和二十年十一月二十三日現在において他村に居住してゐたから右農地はいわゆる不在地主の小作地なりと認定し、朝来村農地委員会の定めた右農地の買收並売渡計画はいづれも取消すべきでなく、原告の訴願は理由がない。という裁決をした。しかしこの裁決は以下に述べる理由により違法のもので取消を免れないものである。すなはち原告は敎育界に職を奉じていた関係から昭和二十年十一月二十三日現在は本件農地の所在地外である東国東郡安岐町に居住していたのであるがその当時家族である養父母は右農地の所在地である朝来村に在つて農業に従事して居り原告も農繁期には妻子と共に養父母の許に帰つて手伝つていたもので、現在も同様である。原告は自己の意思で他村に居住しているのではないのであつて、敎員は他の一般官吏と異り任地は県当局の方針に基くものであるから、原告が朝来村に居住しないことについては正当の理由がある。それでかような場合に原告が他村に在るという形式的な事実のみをとらへ、いわゆる不在地主なりと認定して、農地買收計画を定めることは違法というべきである。これを適法として右買收を実行することは、家族共同生活を破壊し、道義人情を無視するもので、到底左袒し得ない。新民法は家の制度を全面的に廃止したか、それはいわば戸籍上の家の廃止たるに止り、我が国伝来の美風たる実質上の家族共同生活までも否定するものではないのである。これを要するに原告が正当な理由に基いて他村に居住しその配偶者や家族は本件朝来村に居住しているのであるから、原告は本件農地については在村地主とせらるべきであるのに、朝来村農地委員会が不在地主なりとして右農地につき買收計画並売渡計画を定めたのは違法であるから右計画を維持し原告の訴願を排斥した被告の裁決も亦違法たるを免れないそこで原告は右裁決の取消を求める為本訴に及んだ次第である。と陳述した。
被告訴訟代理人は、主文と同じ判決を求め答弁として、本件農地が原告の所有で、昭和二十年十一月二十三日以前から右農地の買收計画樹立の日(昭和二十三年十一月十五日)迄他に賃貸小作せしめていたこと、朝来村農地委員会が原告主張日時に右農地につきこれをいわゆる不在地主の小作地なりとして自作農創設特別措置法に基き買收計画を定め、更にこれを小作人に売渡す売渡計画を樹立したこと、原告が右計画に対しその主張の如く異議及訴願の申立を為したところ主張のようにいずれも申立を容れない決定及び裁決があつたこと、原告が敎職に在り昭和二十年十一月二十三日現在において右農地の所在地外である東国東郡安岐町に居住していたことはいずれもこれを認める。しかし原告は右のように昭和二十年十一月二十三日現在本件農地の所在地外に住所を有し、しかも右農地は小作地であつたから、朝来村農地委員会が原告を不在地主と認めて右農地の買收計画を定めたことは正当であり又右農地の耕作者は約二十年前から小作契約に基いてこれを耕作しているのであるから右委員会がこれを売渡の相手方として右農地の売渡計画を定めたことも正当である。従つて被告が右買收並売渡計画を維持し、原告の訴願を容認しない裁決をしたとしても、それは適法であつて原告の非難はあたらない。原告はその主張する特別事情を理由として原告がいわゆる不在地主ではないと強調するけれども、仮にそのような事情を肯定し得るとしても、原告を在村地主と認定することはできないからいずれにしても本訴は失当である。と述べた。(立証省略)
理由
本件農地が原告の所有で昭和二十年十一月二十三日以前から右農地の買收計画樹立の日(昭和二十三年十一月十五日)迄他に賃貸して小作せしめていたこと、原告が敎職に在り昭和二十年十一月二十三日現在において右農地の所在地外である東國東郡安岐町に居住していたこと、朝來村農地委員会が原告主張日時に右農地につきこれをいわゆる不在地主の小作地なりとして自作農創設特別措置法に基き買收計画を定め更にこれを小作人に賣渡す賣渡計画を樹立したこと、原告が右二個の計画に対しその主張の如く異議及び訴願の申立をしたところ、主張のようにいずれも申立を容れない決定及び裁決があつたことは本件の当事者間に爭のないところである。
しかるに原告は昭和二十年十一月二十三日当時から現在に至る迄原告と世帶を同じくする養父母は朝來村に居住して農業に從事して居り原告も農繁期には妻子と共に養父母の許に帰りその手傳をしていたもので、唯敎職に在る関係上縣の方針に從つて任地である他村に居住しているに過ぎないから、かような場合には原告をいわゆる不在地主なりと認定し農地買收計画を定めることは違法である。と主張するけれども、自作農創設特別措置法によれば、農地の所有者がその住所のある市町村の区域外において所有する小作地、すなはち、いわゆる不在地主の小作地は同法第五條に該当する農地を除いては政府において当然買收すべきものであり、買收すると否とにつき裁量の余地を全く與えていないのであつてこのことは同法第三條及び第五條その他の規定によつて疑を容れないところである。唯不在地主の決定について、同法第四條第二項は農地の所有者で第二條第四項に規定する特別の事由に因りその所有する農地のある市町村の区域内に住所を有しなくなつたものは第三條第一項の適用については当該市町村の区域内に住所を有する者とみなす。と規定するから本件について同條項の適用があるか否かゞ問題とならねばならない。(本件農地について同法第五條の適用がないことは原告の主張並に本件に顯はれた事実関係に照して明白である)。ところで同法施行令第一條は自作農創設特別措置法第二條第四項に規定する特別事由を定めているが、原告が本件農地の所在する朝來村の区域内に住所を有しなくなつた事由が同條第一号乃至第三号のいずれにも該当しないことは原告の主張する事実関係によつても明白であるし又同條第四号によつて同村農地委員会が原告は選挙に因る公務就任その他の事由に因り一時在村の家族と同居しないことをやむなくさせたと認めて縣農地委員会の承認を受けた事実については原告の主張並に立証がないので本件については結局自作農創設特別措置法第二條第四項の特別事由は存しないものと認めざるを得ない。而して原告が昭和二十年十一月二十三日現在において本件農地の所在する朝來村に住所を有しなかつたこと。右農地が当時小作地であつたことは前記認定の通りであるから朝來村農地委員会が原告を不在地主と認め右農地を同法第三條第一項第一号所定の農地に該当するものとしてこれにつき買收計画を定めたことは正当である。從つて同委員会が更にこれについて小作人を賣渡の相手方とする賣渡計画を樹立したことも、被告が右二個の計画に対する原告の訴願事件につき、原処分廳と同一見解の下に右買收並に賣渡計画は取消すべきでないとして原告の訴願を排斥する裁決をなしたことも、すべて正当の処分であつて原告の非難はあたらない。唯本件農地について、原告の主張する事情の存在を肯定すれば政府がこれを買收することは原告個人に対しては多少氣の毒の感がしないでもない。しかし、自作農創設特別措置法による我が國の農地改革事業は同法第一條に明記されているように、耕作者の地位を安定しその労働の成果を公正に享受させる爲自作農を急速且廣汎にし以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るという大きな目的を有しているのであつて同法が我が國農村の民主化に至大な関心を有する連合國軍総司令部の勧告に基いて制定されたという事情と同法の実施によつて解放せられる農地の面積は予定せられて居り、その変更は軽々に許されない事情にあること、(以上は当裁判所に顯著である)を考慮すればこの点からも、不在地主の小作地の買收はいやしくもこれに該当する限り買收すると、せざるとにつき全然裁量の余地はなく從つて地主の個々の事情の如きは全く考慮することができないものと解せざるを得ないのである。以上によつて明かな如く本件裁決には何等の違法はないから、原告の本訴は理由がない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。
(伸地 木本 鎌田)